Brian Eno(ブライアン・イーノ)

社名の由来 にもさせていただいた Brian Eno。
本名は Brian Peter George St. Jean le Baptiste de la Salle Eno で、体が弱く生まれたのを心配した母親がミドルネームに聖者の名を並べた(とどこかで読んだ覚えがある)。
アンビエント・ミュージックの創始者、インスタレーション作家、David Bowie(デヴィッド・ボウイ)や U2 のアルバムのプロデューサーとして名高く、熱烈なファンの多い歌い手でもあり、その後のロック、ポップ、テクノ・ミュージック、前衛音楽に多大な影響を与えながら、楽器はあまり弾けずに「ノン・ミュージシャン」を自称するアーティストである。

世界で最も聞かれたと曲とも言われる Windows 95 の起動音は、「人を鼓舞し、世界中の人に愛され、明るく斬新で、感情を揺さぶられ、情熱をかきたてられるような曲。ただし、長さは3秒コンマ25」という依頼を受けた彼が Machintosh を使って「作曲」した。
ちなみに Windows Vista の起動音は、彼の友人でユニットを組んだこともある Robert Fripp(ロバート・フリップ)によるものである。

民俗音楽からまでブレイクコアまで節操なく音楽を愛好する筆者だが、フェイバリットアルバムは『The Pearl』(Harold Budd / Brian Eno with Daniel Lanois)であり続けている。
ソロ名義なら『Nerve Net』を挙げよう。
...といった音楽の話はさておき、ソフトウェア開発の様々な場面で、刺激に満ちた彼の言葉に目を覚まされ、ヒントや戒めとしてきた。
印象深い言葉は頭の中に残っているものの、残念なことに手持ちの本やライナーノーツ、WEBを探してもほとんど出典を見つけることができなかった。
したがってこのぺージの言葉は、彼が言っていないかもしれないが、筆者が彼に刺激を受けて学んだこと、として読んでいただきたい。

※中途半端ですみません。正しい言い回しや出典をご存知の方はご指摘いただけると嬉しいです。

目立つところに置け

あるいは「気づくように配置せよ」だったか。
「言ったじゃん」「書いたよね」「実装してあるのに」――伝わらなければ意味がない。

商品のコストは、購入価格に使用法習得の時間・労力を足したものである

マニュアルを読むたびにコストは上がっていく。

わたしが興味をもっているのは、生成装置としてのコンピューターを使えるということであって、再生装置としてのコンピューターではない

これは出典がはっきりしている。
1995 年の日記『A YEAR』(山形 浩生 訳)より、「コンピューターで何がいけないかというと、たぶん設計している人たちが、コンピューターのいちばんいいところは大量のデータのかたまりを動かせることだと思っていることだと思うな。」で始まり、「コンピューターのいちばんいいところは、何かを種から育てられるという点だと思う。」と受ける一節からの引用である。

コンピューターの役割は、正解を出すことでなく、候補を挙げることである

二十年以上前の発言だと思うが、これからの人工知能や 量子コンピューティング を語るうえでも意義深い視点である。

何らかの理由でシステムに少し気に入らないところがあれば、その直感を信頼しなければなりません

「私はシステムに対して教条主義的な立場はとっていません」と続く。
1978年のインタビュー から。

あるものをそれたらしめている要素を外してみる

たとえば、音楽においてメロディなど。
その要素がなければ成り立たないと、思い込んでいるだけかもしれないし、外すことで別の新しい何かが生まれるかもしれない。

いったん極端に振れて、戻ってくる

端を知ることで中庸が見えてくる。
イーノの音楽は実験的な作品でも(広い意味で)ポップである。

4つの色をうまく選べばいい絵ができあがる

開発チームも然りか。

リリースするにあたり、高性能なスピーカーだけでなく、低質なスピーカーでも聴いてみる

ソフトウェアも然り。

習慣(ルーティン)を破る

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